公共サービスの産業化と地方自治

投稿者: | 2020年2月15日

講演 岡田知弘氏(京都橘大学教授、自治体問題研究所理事長)
奈良自治体問題研究所第21回総会記念講演

記念講演には、非会員の方11名を含めて45名が参加しました。講師の岡田先生は、「自治体戦略2040構想」を基軸にした地方制度改革と、既に実行段階にある「公共サービスの産業化政策」「スマート自治体」づくりの政治経済的背景と狙い、問題の所在を明らかにしたいとして、何の意味か分からない難解なカタカナ言葉が政治・行政の場で使われているなか、地域、企業の実例を紹介してできるだけ分かりやすく話されました。

「自治体戦略2040構想」「Society5.0」という言葉が独り歩きしている

「Society5.0」という言葉を入れないと予算もつかない状況になっている。でも何の意味か分からない。そこに何の意味があるのか考える必要がある。2040年に何が起こるか。2014年に発表された増田レポートでは、2040年に人口の高齢化ピークを迎え、自治体の半数が消滅する可能性があるとした。それで自治体をどうしようかと「自治体戦略2040構想」を出してきた。2018年に地方制度調査会が「自治体戦略2040構想」を取り入れ、今年6月に答申を出す予定だ。政府はその答申で法改正を検討しようとしている。
 その内容は、公共サービスの産業化で、部分的な市場化・民営化ではなく、自治体を丸ごと民営化する内容だ。これは国が先に進んでいる。国家戦略特区で私物化をやっている。首相に近いところが利益を得ている。マイナンバーカードの取得を強制し、医療保険証、銀行カード、ツタヤカード・・・と結合させ、民間が利用できるようにしようとしている。

安倍政権の成長戦略・地方創生

2012年に第二次安倍政権が発足し、アベノミクスとして金利を下げ、国債を大量発行し、大規模公共事業をした。これは短期的な景気対策だが、長期的な戦略として成長戦略が出てきた。規制緩和、TPPだ。しかし成長していない。東京の地価上昇、株価の上昇はあるが、日本経済は拡大していない。2014年の消費税増税で景気が悪化し、地方ほどひどい状況になった。そこで2014年9月にローカルアベノミクス・地方創生が出てきた。しかし、東京一極集中は一層進み、出生率は下がる一方だ。大失敗になった。それはなぜか。地域が衰退する理由について診断していないからだ。増田レポートは女性の人口だけで自治体が消滅するとした。なぜそうなるのか、社会経済的要因が把握されていない。産業のグローバル化、市町村合併により、地域が衰退した。特に周辺部で人口減少が激しい。住めない地域が増えているのに、その原因について増田レポートは何も触れていない。青年の非正規雇用が増えて結婚しようにも結婚できない状況をつくっている。ここに問題の焦点があるのに、増田レポートは何も触れていない。しかし、地方創生の第二期計画は進行している。そして、自治体の在り方全体を変えようと「自治体戦略2040構想」を出してきた。

自治体戦略2040構想とは何か

自治体戦略2040構想の大前提は、増田レポートの人口減少論、地方消滅論で、人口減少も地方消滅も宿命だから諦めろということから始まっている。パラダイム転換(その時代や分野において当然のことと考えられていた認識や思想、社会全体の価値観などが革命的にもしくは劇的に変化すること)をするとして、次の4点をあげている

 ① スマート自治体
  AI等の活用で「従来の半分の職員」でも仕事できるとする。AIを入れるには、行政事務の標準化、共通化しなければならない。そこに問題はないのか。例えば、大阪市と堺市とでは妊娠届に違いがある。大阪市の妊娠届は標準的なものだが、堺市の妊娠届は情報量が多い。妊婦の経済的精神的様子を詳しく調べて関連部署がサポートできるようにしている。大阪市と堺市、どちらの仕事がいいのか。それとも住民のための各施策を業者のために簡略化することがいいのか。 日弁連は、堺市のような行政をすることが地方自治の仕事、個性である。これを国の都合により共通化することは地方自治の破壊だと意見している。

② 公共私によるくらしの維持
自治体をサービス提供主体から、民民が協力する場を提供するだけの組織にする。空いた時間、モノを提供したい人と必要とする人とをマッチングする。シェアリングエコノミー、ギグエコノミー。例えば、福祉現場にこの日この時間だけ働ける人を募集し、福祉現場に提供する役割だ。これらの働く人は、労働者ではない無権利のフリーランス、自営業者だ。ワーキングプア―をつくることになる。近年、保育園児でアレルギーを持っている子供が増えている。食事制限を必要とする、一日だけ来た人にそれが分かるのか。安全な保育ができるのかを考えてほしい。

  ③ 圏域マネジメントと二層制の柔軟化
  自治体は全部の仕事をする必要はない。圏域で協力して仕事ができればよい。中心市が大きな仕事をし、周辺部はそれと連携すればよい。サービスを共同でやるため仕事を標準化する。圏域は30万都市でまとめる。(・・道州制の単位と同じ)中心市が大きな権限を持ち、周辺都市は制限された権限しかもたないことになる。都道府県と市町村の仕事の組み換えもするのが二層制の柔軟化ということ。

④ 東京圏のプラットフォーム化
医療介護、防災等を東京圏全体で支えられるよう、東京、埼玉、神奈川、千葉を一つの行政単位とする。大阪圏は関西広域連合に任せる。

公共サービス「産業化」政策登場の政治経済的背景

第二次安倍政権において政策決定が構造的に転換した  政官財抱合体制

① 日本経団連による政策評価に基づく企業団体献金の再開(公然たる政策買収)
② 金だけでなく人も 経済財政諮問会議、産業競争力会議等、重要会議への財界人の送り込み。経済財政諮問会議には4人の財界代表者が入り、常時財界の要求が直接入るようになった。各省庁の予算編成より前の6月に会議決定し、その基本方針を各省庁に指示するようになった。トップダウン。4人の財界代表者は大臣、国会議員より大きな権限を持っている。
③ 官民人事交流の拡大、民間大企業から常勤出向者の増大。政策策定、個所付け、政策評価にも関わる。 政財官癒着、政官財抱合体制が構造化し、それが明らかに腐っている。
④ 地方を支配するため、国から地方自治体への職員派遣の増加。特に市町村への職員派遣が増加している。これは、目付、大目付ではないか。
⑤ 内閣人事局の設置 幹部職員の人事を官邸が政治決定する。これで忖度官僚が増加した。警察、裁判官、検察も、行政府だけでなく司法も安倍政権が握っている。完全独裁状態。安倍政権に反対できない 状況をつくった。

公共サービスの「産業化」政策の登場

 2015年3月、経済財政諮問会議で民間議員が「公共サービスの産業化」を提案した。国・地方の公 共サービスを民間の事業とすることで、国の経済成長を図ろうとする。ターゲットは、歳出規模が大きく 国民生活に深くかかわる社会保障サービス、地方行政サービス分野。これを規制改革とともに財政誘導す る。トップランナー方式、民営化すれば交付金を増やす仕組みで誘導する。
  2015年6月、「骨太方針2015」でこれらが採り入れられた。未来の成長の源泉として、IT技術を位置づける。マイナンバーカードを活用したサービス、政府調達の電子化、TPPのため準備でもある。おまけに経済財政諮問会議の下に進行管理機関を設置した。民間議員、国が地方自治体をチェックする仕組みをつくった。これは地方自治の侵害ではないか。

未来投資会議の設置と「Society5.0」によるAI・ICT重点投資戦略の開始

2016年7月未来投資会議が設置された。成長戦略と構造改革の加速化を目的とし、構成員は、首相、主要経済関係閣僚、経団連会長、竹中パソナ会長等財界人。2017年骨太方針に、「Society5.0」が盛り込まれた。
Society5.0」・・?、これは「狩猟社会」「農耕社会」「工業社会」「情報社会」に続く人類史上5番目の新しい社会という、財界の成長戦略のキャッチフレーズ。これは世の中では全く通用しない言葉だ。それで公益性を持たせるためにSDGsを付け加えた。Society 5.0 for SDGsと。

SDGsとはSustainable  Development  Goals「だれひとり取り残さない」を基本理念とした国連の持続可能な開発目標。SDGs書いていることはいいのだが、持続不可能な社会をつくった責任を問うていない。貧困、飢餓,環境悪化をつくったのは、工業社会、情報社会、多国籍企業ではないか。現状のまじめな原因分析がないまま、貧困、環境をビジネスモデルにしようとしているのではないか。

IoT、ロボット、AI、ビッグデータといった先端技術をあらゆる産業や社会生活に取り入れ、経済発展と社会的課題の解決を両立していく社会をつくるという。 2017年9月、各種規制改革を検討するため未来投資会議徹底推進会合を設置。4つの会合の座長を財界代表者が務める。行政の保有する個人情報を含むビッグデータの利活用、経営資源化を推進する。 政策を各省庁が決めているのではない。未来投資会議が政策を決めて各省庁に実行させている。主要な敵はここにある。ここに対してきちんとした批判をしなければならない。

2040構想の先取りと地方自治体の変質

① 連携中枢都市圏を軸にした広域連携体と立地適正化計画策定によるコンパクトシティの形成
2040構想の仕掛人は山崎重孝、論文「地方統治構造の変遷とこれから」を書いている。国がどう合理的に地方を統治するかが目的で、ここには地方自治、住民自治はない。その山崎重孝が連携中枢都市圏、ハイパー定住自立圏を提案してきた。
連携中枢都市圏は既に34圏域、304市町村で設定している。連携の中心に医療・福祉施設が入り、その周りにホテル、マンション等を建てる。大きな金を中心の開発に投入する。高槻市、姫路市の駅前を見れば具体的によく分かる。公立病院の縮小再編と民間病院への便宜供与が見える。
 連携の運営主体である連携協議会は首長、副首長クラスで構成されている。これはかつての合併協議会と同じ構成体、いつでも合併協議会に切り替われるものになる。

② 「Society5.0」のスローガンの下、国や自治体の行政サービスを民間企業が包摂していく。そのために、デジタルファースト法が制定され、多くの実証実験が行われている。  

③ 既に上下水道、卸売市場の民営化、種子法廃止をTPP11関連法と一体で推進している。外国資本も運営権が持てるようにした。浜松市では上水道の民営化は阻止したが、宮城県では強行された。

問題の所在  ―地域経済社会、地方自治の持続性の視点からー

① 小規模自治体については、市町村合併時の自治権が制約された「特例的団体」と同じ扱いにする。

② 増田レポートの人口減少論を無批判に取り入れ、これを前提に逆算的な制度改革を求める議論の仕方自体が問題だ。小規模自治体ほど特殊合併出生率が高く、人口が増えている。小規模自治体ほど住民自治、団体自治が機能している。そういうところから教訓を得ようとしていない。いまだに大きければいいという発想で、選択と集中で大きくしたうえで中心に集めてこようとしている。図を見れば、人口の東京一極集中が止まらない、一層加速している。利益が地域から東京に移転しており、東京の法人所得額は全国の52%も占めている。地方創生は完全に失敗している。それなのに、市町村合併や地方創生政策の総括・検証をしないで、地方創生第二期を進めている。

③ 未成熟なAIやICT技術、基本的人権の基礎要件である個人情報の保護を保障することなく、AI等による経済成長を優先している。当面の利益だけ稼げればいいという姿勢だ。大学入試・英語試験のドタバタは、その場しのぎ、儲かればいいという姿をさらした。 リクナビによる就活生の内定辞退率予測の売却は、利用者が不利になるよう働きかけて儲ける姿だ。 個人情報を守る、個人情報が漏洩する恐れについての認識が低すぎる。このような状態では、マイナンバーの情報がただ漏れする恐れが大きい。
※参考文献で示している新井紀子の本を読んでほしい。新井紀子は東大ロボット開発の責任者で、AIは確率的な仕事しかできない、データがないとダメ、文脈を読めない、東大入試で60点は取れないと結論づけている。

④ AIは公務労働を代替できない。公務労働はコミュニケーションを基本としている。AIはミュニケーションができるのか。単純労働の繰り返し、補助労働しかできない。AIを利用した事例では、結果を再チェックするのに時間がかかり、AIという高い買物しただけの結果に終わったようだ。
 AIには愛がない。地方自治体は住民の福祉の増進、憲法にいう幸福追求権の保障を行うのが目的。住民に一番近い自治体で行う労働が公務労働、人間労働。補助的なものをAIでするのが合理的だ。

⑤ アウトソーシングによる新たな官製ワーキングプアの形成と公共サービス低下の恐れ
 今ですら日本は公務員数が先進国中最低だ。市町村合併で特に公務員を減らした。公務員が少ないため、千葉では災害現場に速やかに対応できないのが明確になった。それをまだ減らそうとしている。一方、アメリカではウーバー等の請負契約を雇用契約に切り替える動きもでている。
 また、官製ワーキングプアをなくすには地域全体の所得水準を上げていくことが大切。世田谷区では、働く人の労働条件・事業者の経営環境・地域産業振興を一体で改善しようと、都市産業政策と公契約条例を活用している。

⑥ 自治体戦略2040の流れは、住民自治、主権者としての住民の存在に対する根本的な視点が欠落している。今こそ、そもそも公共とは、公務労働とは何かを考える機会にする。一部の利益目的の企業から公共を取り戻す機会にする必要がある。市町村合併時には住民投票を求める声が大きく盛り上がり、住民自治が機能したではないか。今こそ主権者として地方自治を取り戻さなければならない。

地方制度改革をめぐる新たな対立軸が鮮明に

① このような自治体戦略2040構想研究会報告等へ自治体関係者が猛反発している。全国市長会長、全国町村会長、全国市議会議長会長、全国町村議会議長が。
② 浜松市では住民の声を聴けない仕組みにして民営化を進めた。これに対して住民が反発し、上水道の民営化はひとまずストップした。各自治体ではどうなのか、目を見張らす必要がある。
③ 憲法とともに戦後の地方自治の実体が解体される動きに対する対抗軸の形成が早急に求められている。その中で、「ガバナンス」(麻生太郎オーナー!)で13名の執筆者全員が今の動きを総批判している。共同できる相手が広がっている。

日弁連も2040構想に批判的立場で取り組む予定だ。心強い仲間ができた!
問題が明らかになれば「おかしいね」と声が必ず集まる。運動化できる。運動化しなければ恐ろしい社会、「Society5.0」の社会がやって来る可能性がある。今は非常に難しい局面にあることを伝えたくて奈良に来たと話し、岡田先生は講演を終えられました。

講演後3名の方から質問、意見が出され、岡田先生は次のように答えられました。

Q 奈良モデルで消防、国保が広域化され、今水道の広域化が検討されている。教育も広域化、民営化が進められるのではないか。教育委員会も県一本、教育も民間のビジネスチャンスとして民営化されていくのではないか。できない子供は奨学金与えて自衛隊へ行けというのか分からないが、大和郡山市では18歳、22歳の個人情報を自衛隊に渡している。

A 小規模市町村が多数残っている県は奈良モデルを真似しろと、国は奈良モデルを推奨している。奈良モデルは全国に波及しそうだ。奈良自治研は奈良モデルをしっかりと検証してほしい。それは全国に役立つものになる。教育委員会は各自治体必置の機関だ。県一本化は今すぐには困難。教育を首長の支配下に置き、市場化で特定の企業の儲けにしようとする動きがある。なにが子どもの教育・成長、地域に役立つのかを考えることが大切。

Q 世界では民営化された水道が再公営化している。JR等は再公営化されないのか。

A 民営化されたものが再公営化された事例は日本にはないが、指定管理者が撤退して再公営化し、社会福祉協議会が赤字覚悟で経営している事例がある。
 外国では水道は利益が上がる大都市で民営化していた。しかし価格上昇で水が飲めない、生存権が保障されないとして再公営化した。この教訓は、民営化、市場化したところはちゃんとやっているのか調査検証することが大切ということ。水道は規模の利益は働かないと思っている。市町村合併して規模拡大した水道事業体が地域を捨てた事例がある。(住めない地域にして中心部に人を集める)また、東北大震災時、仙台市の水道システムの復旧が遅れた。分散型、小さな事業体がよい。
 種子法が廃止されたが、種子条例をつくる必要がある。地元で作った種子、利益は地元で守らなければならない。中小企業振興条例を作って地元貢献を

Q 田舎では平成合併したが、合併しなければよかったと今反省している。30年たって人口も減った。学校も減った。残ったのは年寄りだけ。他の地域に行きようがないので残っているだけ。産業はないと話している。学校がなくなれば自分の地域もそうなると思い、学校統廃合に反対している。教育は切磋琢磨ではない。きめ細かい教育が奪われる。行政ならきめ細かい行政だ。マスコミは国会議論等を流さないので、生活がどうなっていくのか分からない。国会で何が問題になっているのか知らさないので分からない。身の回りのことが分からなくなっている。情報をどう得たらいいのか。

A 議論ができる場、まちの研究会で集まって議論することが大切。奈良研究所と連携してまちの研究会をする。正しいことをしっかり得るためには、耳を研ぎ澄ませる必要がある。 

参考文献:「公共サービスの産業化と地方自治」岡田知弘著https://www.jichiken.jp/book/9784880377001/

  

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