私と『資本論』―30分の朝活で 流通業の「立ち位置」がわかる ―

投稿者: | 2022年5月18日

天理民主商工会 宮崎悦子(写真家)
(奈良のすごいタオル屋さん ときどき猫)

私はすべての土台である経済が好きです。経済がわかれば社会情勢の流れがわかるからです。でも『資本論』は、学生時代から1回は読んでみたいと思いつつ、“私には難しすぎる”と、45歳の今まで縁がありませんでした。『資本論』を読むきっかけは、一番難しい第1篇「商品と貨幣」からではなく、第3篇第8章の「労働日」、第7篇「資本の蓄積過程」を読むのがよいと教えられたからです。(雑誌『経済』20年10・11月号 平野喜一郎さんの連載(「歴史の転機 分かる喜び 『資本論』のすすめ」同じく『経済』に載った「新版『資本論』ガイダンス」のコーナーも、各分冊、簡単に「この章はこういうことが書かれている」という説明があり、これも大いに助かりました。もう一つ、私は、細かい字を読むのが苦手だったのですが、読書支援具の「リーディング・トラッカー」(定規の形で書籍の読む行に当てて使う)が良いとの情報があり、試しに使ってみると、読み進めるのが大変楽になりました。これで早速、新版『資本論』を購入し読み始めました。

仕事前に「朝活」として、コーヒースタンドに入り、30分間、『資本論』を読むことを日課とすることにしました。『資本論』の「労働日」などでは、19世紀のイギリス労働者の現状がリアルに出てきます。安い賃金、長い労働時間、劣悪な労働衛生環境。これは、新自由主義の流れが40年間続いた現在の日本の現実、派遣や請負の労働現場とかわらないじゃないかと思わせる文章です。マルクスは、こうすればいいという「答え」を書いているのではなく、淡々と資本主義の分析をしていきます。コロナや気候変動で自然・人間の収奪など、後は野となれ山となれの資本主義の本性が暴き出され、もう資本主義は限界に近づいているのだと感じました。

およそ1年6ヵ月続いた朝活『資本論』で、現在、新版の第8分冊まで読み進めることができました。

◆流通の立ち位置は?タオルの価値は?

我が家は個人自営業で雑貨店(タオルと猫雑貨のお店)を経営しています。私が『資本論』で1番面白かったのは、流通業とは何か、経済社会全体での立ち位置がわかったことです。仕事上、私が商品を仕入れそれより高い値段で売ることで利益を得て、私自身が価値を生み出しているのだと思っていました。ですが実は、私は価値を何も生み出さない流通の中に所属している。私のお店は、商品を生産する資本家の商品を貨幣に転化するために存在しているのです。

『資本論』を読むことで、自分の仕事の意味、「私は何者だろう」ということがわかりました。うちの店の商品の価値は、材料の綿花をつくるアメリカ、インドなどの生産者、そしてタオルに加工するタオルメーカーによるものです。その価値は、それらの生産者とメーカーの労働者のつくる剰余価値(不払い労働)の搾取から生まれているし、私のお店も、その資本の流通の一部なのだとわかり、色々考えさせられました。私は、「タオル産地応援」をお店のコンセプトにしています。タオルの仕入れ先は日本製のみ、猫雑貨もできるだけ国内産にしていますが、一部、中国産、ベトナム産もあります。

安い賃金で働かされている中国、ベトナムの労働者。私の得る利益も元は搾取によるものです。以前、写真旅行で「100円ショップのふるさと」と言われる中国の義烏(イーウー)に行ったことが思い出されます。製造小売者の店舗が雑居する大型施設は、2日間、歩いても回りきれないほど。これでもかっ!というほど、安い商品たち。そしてそれを世界中から買い付けにくるバイヤーたち…世界規模の搾取がとてもリアルに感じられる撮影、体験旅行でした。

アメリカ、インドの綿花労働者のことも、搾取に気づいてしまった以上、今のままで良いかと悩んでいます。例えば、フェアトレードの商品を積極的に扱えないか、考えはじめているところです。

◆簿記に表される資本の循環『資本論』を通じて

もう一つ、興味を惹かれたのは、簿記に表れる資本の動きです。私は簿記二級を持っていますが、ずっと謎だったのは、資本状況を表す貸借対照表で、資産と資本を足したものから負債を引いたら、なんで損益計算書の純利益と一致するのか? ということでした。かつて簿記の授業でも、この理屈は深く考えないで、そういう仕組みだと覚えてください、と言われました。しかし、『資本論』の目で見ると、ここには「不払い労働」で得た剰余価値の量が数字と言葉で表現されておらず、「資本」の中に隠れているのですね。

また、よく現実の商売で、1番大事になってくるのは「キャシュフロー(資金繰り)」だと言われます。これもマルクスの理論がわかれば、とても納得できるものでした。簿記も資本主義の下で作られた観念的なものであるとわかるとともに、商売をやっている者は、労働者などとは違う視点からの発見があり、なんてマルクスの理論は奥深いのか、とびっくりしました。

『資本論』は唯物論的弁証法で書かれています。事実にもとづいた科学的な思考、社会は螺旋上に変化していくという確信にも、理論的な裏付けとなりそうです。今のコロナ禍で絶望的に見える状況も、「科学的楽観主義」でみていけるような、不思議で、大きなパワーをもらっています。

(この一文は、雑誌『経済』22年5月号(特集 マルクス経済学のすすめ)に掲載されたエッセイを加筆・修正したものです)

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