第24回総会記念講演~デジタル田園都市国家構想の概要、問題点、展望

投稿者: | 2023年2月17日

講師 中山徹(奈良女子大学教授、自治体問題研究所理事長)

講演する中山徹氏

記念講演には、28名(うち会員27名)が参加しました。講師の中山徹先生は、先ず全国研1,000万円カンパへの謝礼を述べた後、本日の内容は次の4点だとして講演を始められました。①地方創生からデジタル田園都市国家構想に変わるが、そもそもデジタル田園都市国家構想とは何か。②デジタル田園都市国家構想は地方創生のバージョンアップ版と言うが、地方創生は成功したのか。③デジタル田園都市国家構想でどのような事態がもたらされるのか。④情報技術の発展を地域で活かすためには、どのような視点が重要か。

新しい資本主義とデジタル田園都市国家構想

2022年6月に岸田内閣が「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」を閣議決定した。新しい資本主義の基本的な思想は次の3点にまとめられている。①「市場も国家も」「官も民も」によって課題を解決する。②課題解決を通じて新たな市場を創る。すなわち社会的課題と経済成長の二兎を実現する。③国民の暮らしを改善し、課題解決を通じて一人ひとりの国民の持続的な幸福を実現する。

社会的課題を解決する経済社会システムをつくるとは、社会的課題を経済成長のエネルギーとして捉え、企業の利益が出る仕組みをつくるということ。孤独・孤立対策や環境保護等に加え、医療、介護、教育等、これまで行政が取り扱っていた仕事を民間が取り扱う。そこで利益が生まれ、経済成長ができるという発想だ。

新しい資本主義は新自由主義の弊害を乗り越えるものとして提起されている。乗り越える対象と方法は次の二つ。
・新自由主義が生み出した孤独、環境、教育など様々な社会的課題の解決を民間が収益活動として取り組める仕組みをつくること。
・新自由主義が生み出した大都市と地方の格差を地方のデジタル化によって解決するデジタル田園都市国家構想を推進する。
デジタル田園都市国家構想は新自由主義の弊害を除去し、新たな発展を促す要とされている。

デジタル田園都市国家構想は地方創生のバージョンアップ版

2021年10月、岸田総理が所信表明演説で「デジタル田園都市国家構想」を提唱し、2022年6月「デジタル田園都市国家構想基本方針」、同年12月「デジタル田園都市国家構想総合戦略」を閣議決定した。デジタル田園都市国家構想は地方創生をバージョンアップさせるものと位置づけられた。デジタル技術を効果的に活用して、地方の「不便・不安・不利」を解消し、地方の魅力を高めることができる。地方では地方の魅力をそのままに都市の利便性を享受することが可能になるとのことである。まるでDXは魔法の杖のように扱われている。

地方創生との関係では、現在は「まち・ひと・しごと創生総合戦略」の第2期(2020年~24年の5年間)で地方自治体も地方版総合戦略を改定した。「デジタル田園都市国家構想総合戦略」が2022年12月に策定され、地方自治体もデジタル版総合戦略(2023年~27年の5年間)の策定が必要となる。これを策定しなければ、将来国の交付金は受けられなくなる。「デジタル田園都市国家構想総合戦略」は地方創生の基本的な枠組みを踏襲しているが、DXで埋め尽くされている。DXを進めるためにはデジタル人材が不可欠で、地方自治体への民間企業からの人材派遣を想定している。

地方創生をどう評価すべきか 合計特殊出生率の回復も東京一極集中の是正もできなかった

①合計特殊出生率の回復できなかった。
 2014年1.42人を、20年1.6人、30年1.8人、40年20.7人とするのが地方創生の目標だったが、実際は21年1.3人となり、出発時点を下回った。保育料無料化(3歳児以上)や少し金を渡すだけでは少子化は解決しない。若年層の雇用不安定、労働条件、残業、転勤等、雇用の根本問題にメスを入れない限り解決しない。
②東京一極集中の是正もできなかった。
 2020年に転出入を均衡させるのが地方創生の目標だったが、実際は19年が13年の1.4倍、20年、21年はコロナで転入超過が減少したが、22年になり急激な転入超過となっている。

スーパーシティとデジタル田園健康特区 

 2020年にスーパーシティ提案の公募が開始された。岸田内閣はスーパーシティとデジタル田園健康特区をデジタル田園都市国家構想を先導するものとして位置づけ、22年3月につくば市、大阪府・大阪市をスーパーシティとして指定し、吉備中央町、茅野市、加賀市をデジタル田園健康特区として指定した。

第24回総会機縁講演の様子

デジタル田園都市国家構想推進交付金の状況

  地方創生推進交付金、地方創生拠点整備交付金等はデジタル田園都市国家構想交付金に一元化された。この交付金には、デジタル実装タイプと地方創生テレワークタイプの二つがある。
①デジタル実装タイプは、デジタルを活用して地域の課題や魅力向上を進めるもので、他地域ですでに確立されている優れたモデルやサービスを取り入れる取り組み(TYPE1)と、オープンなデータ連携基盤を活用する新たなモデルとなりうる取組み(TYPE2、TYPE3)がある。
・(TYPE1)2022年3月交付事業決定、403団体705事業122億円の国費が交付
オンライン申請、コンビニ交付、スマートフォンを使った申請・ガイド、地域アプリなど筑西市  公道を利用した自動配送ロボットによる農産物の集荷、配送  三菱商事との共同 横須賀市  自動配送ロボットの公道走行によるスーパーからの商品配送サービス  新十津川村  自動運転トラクター、ドローンによる農薬配布
・(TYPE2、TYPE 3))2022年6月交付事業決定、TYPE2は21団体、TYPE 3は6団体が採択 
 会津若松市 食農、決済、観光、ヘルスケアなど12分野にデジタルサービスの実装を進める。
 更別村 デジタル公民館を整備。村内移動サービス、スマホ無料貸し出しなどを月額3980円で提供 
 多気町等 「三重広域連携モデル」共通地域ポータル、デジタル地域通貨、観光メタバースポータル提供

②地方創生テレワークタイプは、サテライトオフィス、シェアオフィス、コワーキングスペース等の施設整備、運営、利用促進等の取組みや、サテライトオフィス等に進出する企業と地元企業等が連携して行う地域活性化に資する取り組みがある。 2022年3月交付事業決定、101団体、30億円の国費が交付
 竹田市  進出企業が持つホームページ制作やアプリ開発のスキルを伝授することで、商店街によるwebツールを活用した集客・情報発信、学生の起業機会・主婦層の新たな雇用創出を実現する

デジタル田園都市国家構想の目的

①主として行政が提供していたサービスを民間企業が提供するように変え、公共的サービスを民間企業の収益対象にする。
 吉備中央町  富士通、ベネッセコーポレーション、ANAホールディングス、NTT西日本・・・
 会津若松市  アクセンチュア、SAP、三菱商事、パナソニック・・・
②地域と自治体のデジタル化を進める
 マイナンバーカードの普及率が平均以上でないと交付金が支給されないと言われている。 データ連携基盤整備事業を進めることで、地域全体のビッグデータを包括的に連携させる。 自治体のデジタル化は自治体を作り変えることになる。
 自治体の情報システムの統一・標準化、自治体のガバメントクラウドへのシステム移行
 DXを軸とした広域連携が進む。 デジタル田園都市国家構想交付金を通じて、国と自治体との垂直連携、自治体同士の水平連携を進め、自治体の再編が進む。
③コスト削減 半数の職員数でも担うべき機能が発揮される自治体へ 自治体をサービスプロバイダーからプラットフォームビルダーへ転換

デジタル田園都市国家構想の問題点

①基本的な公共サービスに格差が発生する デジタル田園都市国家構想では、医療、福祉、教育、防災など、市民サービスを支える様々なサービスを企業が提供する。企業が提供する以上、対価が求められる。対価を支払うことができる層は恩恵を受けられるかもしれないが、自己負担できない層は恩恵を受けることができない。それどころか、地域の医療・福祉・健康管理が企業主導型のシステムで動き出すと、このシステムから疎外された市民の健康管理には誰が責任を負うのか。

②行政と企業の関係が逆転する 現状では、医療、福祉、教育、防災など市民生活に関連する分野については、行政が計画を立て、それを地域で展開する。その中には、企業が提供するサービスも含まれているが、全体的な計画は行政が立て、その実施には行政が責任を負っている。しかし、デジタル田園都市国家構想では、各分野の計画を企業が立てると同時に、全体を包括するデータ連携基盤も企業が運営する。情報技術が中心になるため、ほぼ企業任せになると思われる。議会の関与も不明だ。これは究極のアウトソーシングだ。

③個人情報保護 参加しない権利の保障はどうなる? 市民はわずかな利便性と引き換えに、高度な個人情報を企業等に提供することになる。地方公共団体の長は実施主体の求めに応じてデータを実施主体に提供するものとするとされている。 提供した個人情報の利用範囲が厳密に守られるのか、その運用状況を提供した市民はどのように確認できるのか、一度提供した個人情報の削除を求めることができるのか、問題点が多い。

④地方自治の縮小
・団体自治の縮小 自治体DX→自治体業務の統一、標準化
・独自施策の否定→アウトソーシング ・広域行政 ・自治体職員の縮小 
・住民自治の縮小  ・政策決定に関わる範囲の縮小

情報技術の発展を地域でどう活かすべきか

①新自由主義的政策の見直しが大前提 デジタル化は着実に進むが、DXは魔法の杖ではない。市民生活や地方における問題の多くは新自由主義的政策によってもたらされている。新しい資本主義とデジタル田園都市国家構想が新自由主義の延長であるならば、DXを導入しても本質的な問題は解決できず、事態をさらに悪化させる。それは、地方創生の8年間を見れば明らかだ。ここ20年以上実質賃金が上がっていないのは日本だけ。非正規雇用者が増大した。
 市民生活を支える基本的なサービスを企業が提供するため、サービスを購入できる層と購入できない層の格差を拡大させる。医療・福祉・教育の状況を改善させるためには、大手企業や富裕層に適切な課税を行い、財源を確保したうえで、自治体が地域の特性を考慮した福祉・教育政策を公的施策として展開できるようにすべきだ。そこにDXを活かすことは可能だが、今の政策、制度や予算を前提にDXを進めても抜本的な改善は困難である。
 次の施策が必要
 ・格差是正、雇用の安定による個人消費の拡大
 ・中小企業の適切な利益保証
 ・社会保障の経済効果(雇用効果が極めて高い)を活かすべき
 ・高齢者分野における深刻な人手不足を、労働条件の改善・賃金の改善により、地域消費の拡大、高齢者介護の充実に
 ・社会保障の充実が、市民生活の安心安定を築きつつ、経済の活性化をもたらす  二兎を追う
 地域経済の活性化を進めるためには、地方の中小企業、第一次産業の活性化が不可欠。しかし、地域で暮らす市民の所得が上がらなければ物やサービスは売れない。いかにDXを導入しても地域での消費が拡大しなければ絵に描いた餅になる。非正規労働を増やし、格差を拡大してきた新自由主義的な施策の見直しと、中小企業、第一次産業の振興は一体的に取り組まなければ成功しない。

 ②地方自治の発展が大前提 地方の発展を考える場合、地方自治の発展、すなわち団体自治と住民自治の発展が不可欠だ。デジタル田園都市国家構想はむしろこれに逆行する。DXを進めるために自治体の独自政策を縮小させることは、地域の独自性を失わせることに繋がる。また、考えない自治体をつくることになる。自治体は国の下請けではない。むしろ情報技術の発展が地域の独自性を豊かにし、地域のことを考える自治体に繋がるようにすべきだ。
 情報技術の発展が住民自治の拡充に繋がるようにすべきだ。デジタル田園都市国家構想では市民=利用者だが、市民は利用者であると同時に自治の担い手だ。住民自治の視点が欠落すると、市民はバラバラの利用者になり、地域を支え、地域を維持し、地域を発展させる自治の担い手にはならない。市民と企業が情報を通じてつながり、その発展が市民を豊かにするというのであれば、それは住民自治の解体に繋がる。行政が展開する様々な施策の根底には市民の自治能力の育成という視点が必要だが、デジタル田園都市国家構想にはその視点が皆無だ。

大和平野中央田園都市国家構想について
 最後に、中山先生は奈良県の行っている大和平野中央田園都市国家構想について触れ、デジタルに関する事業も含まれているが、相互の関連性も読み取りにくく、地域全体でデジタル化を進めていこうというものでもない。また、地域で直面している問題にこたえられるものでもない。リニアを起爆剤とし、新たなインフラ整備で地域の活性化を進めるという感じが強いと感想を述べられました。

(文責 城)

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