人口減少社会を乗り越える地域再生の社会保障  ~地域で安心して暮らすために~

投稿者: | 2021年11月19日

清家 康男(弁護士)

2021年10月14日、岡山市民会館で第63回日本弁護士連合会人権擁護大会第3分科会が上記のタイトルで開催され、傍聴しましたので、その内容を報告致します。

基調講演「人口減少時代の自治体政策」 中山 徹(奈良女子大学大学院教授)

 中山徹奈良女子大学大学院教授が「人口減少時代の自治体政策」と題して基調講演を行いました。中山先生は、2013年に始まった「地方創生」政策では同年の合計特殊出生率1.4を2020年には1.6に、2047年には2.07に徐々に上げていき、人口減少の大幅な緩和を目標にしていたが、実際には2020年の合計特殊出生率は1.34と地方創生開始時を下回っており、2021年はコロナの影響でさらに下回ることが予測される惨憺たる状況にある。政府がこれまで取ってきた「コンパクトシティ」などの政策は「バラバラに住むことは効率が悪い」との発想の下、集中と縮小、民間主導の方向に立って、中心地を再開発することにより人口を集め、公共施設の統廃合を実施しているが、郊外では住み続けることが困難になる一方で住民の転居は自己責任で行わせるので、無秩序な市街地の縮小を生み出し、結局財政効率が悪く暮らしにくい街になってしまうことを指摘されました。

   続いて中山先生は、20世紀型都市計画は増え続ける人口、産業を都市空間で受け止めるための技術であったが、安全を犠牲にした乱開発により、防災に弱い居住地を生み出し、公害を起こし、自然的、歴史的環境を失わせ、公共施設の不足、未整備などの弊害を産んだ。そのことから、人口減少を迎える21世紀型都市計画は、市街地縮小ではなく、人口減少で生じる空間的余裕をまず20世紀の負の遺産の解消に充て、防災上弱い場所から強靱な場所への転居を促進し、高齢者施設や公園、歩道の整備等空間的ゆとりを生かして計画的に市街地を改善していくべきであり、今の地域で住み続けられる街づくりをしなければならないことを説かれました。

   その上で、人口減少を食い止める街づくりには、住み慣れた地域で安心して子育てができ、年を取っても安心して住み続けられるようにすることが必要であり、そのために日常生活圏内に生活を支える公共施設とサービス(小学校、保育所、幼稚園、高齢者福祉、障害者福祉、社会教育等)を整備しなければならない。政府の勧める公共施設の統廃合は真っ向からこれに反するものであり、これでは人口減少を悪化させてしまう、と論じられました。

最後に、中山先生は、求められる自治体政策は、貧困の連鎖を断ち切るための教育の充実、学校の整備等教育、子育て支援の充実とこれを支える循環型地域経済の確立であるとまとめられました。

第1部「特別報告」「日弁連基調報告」

 第1部の「特別報告」では、自治体の現場から3名が、①新型コロナウイルス感染症蔓延において生じた地域の医療崩壊は長年の医療費抑制政策によるものであること、②非正規公務員が専門的知識を持つ住民にとって大事な支え手であるにもかかわらず不安定な雇用形態であるため長く勤め続けることができず、当該公務員にとっても住民にとっても多大な不利益が生じていること、③浜松市の広域合併に加わった旧水窪町では若い世代の住民が市中心部等に出てしまい、人口が2005年の3551人から2021年の1855人へ大きく減少し、町役場の代わりに置かれている「協働センター」には職員が20人しかおらず(町役場時代は約100名)、地域事情を知らない職員もいて住民の生活に支障が生じたり、住民の意思をよそに公共施設の解体が進められたりなどの事態が進行しているなど、政府の政策が地域に生じさせている様々な困難の報告を行いました。

 続いては町づくりの報告で、まず島根県隠岐郡海士町の町役場課長が、公共事業に依存していた町の経済を転換し、いわがき、隠岐牛、さざえカレーなど地域資源を生かしブランド化して住民の仕事づくりを果たしたこと、島外の大学生の声を町づくりに生かす交流事業、島だからできる教育を実施し島内の高校の生徒増を実現したなどの町おこしの成果の報告がありました。

 次は新潟県村上市から住民が主体となった町屋再生プロジェクトの報告です。村上市の町屋再生プロジェクトは行政による道路拡張計画に反対する住民が自発的に始めたもので、村上市はもと城下町だったが、商店街は昭和の時代からよくあるような町並みで城下町らしさがなかったところ、家の中は昔ながらの生活空間がそのまま残っている家が何軒もあったので、町屋の生活空間を公開することで観光客を呼ぼうと有志を募って地図を作り配ったところ、観光客が目に見えて増えた。それで、さらに人形巡り、屏風まつりなどのイベントを増やし、ビラ作成35万円に対し観光客増により約1億円の経済効果が上がった。そして、さらに商店街の景観を良くしようと、従前あったブロック塀を壊さずその上から板を張って黒塀を作る「黒塀プロジェクト」や、個々の商家の外観をかつての姿に戻す場合には、有志で募った補助金で一部援助するなどの事業も行っているとの報告がなされました。

第2部 パネルディスカッション

  パネルディスカッションには、伊藤周平鹿児島大学教授、岡田知弘京都橘大学教授(自治体問題研究所理事長)、高端正幸埼玉大学准教授、上山隆浩西粟倉村参事、山﨑晴恵宝塚市長が登壇しました。

 まず、「何故地域で安心して暮らせないのか」との司会からの問いに対し、伊藤教授は、コロナ禍において医療崩壊が起こった原因は医療費抑制策にあり、感染症法の定めがあるにも関わらず専門医も集中治療室もベッドも人手も足りない、憲法25条により国民に社会権が保障されており、公衆衛生の制度を整えるのは国、自治体の義務であるのにないがしろにされていると指摘しました。

  また高端准教授は財政学の立場から、地方財政の現状について、「1990年代は地方財政の支出に土木費が占める割合が大きかったが、以降は民生費が増大している。他方でこの20年間は地方財政の余力が削がれてきており、人員、財源の余力が削がれたのでコロナ禍の急場に対応できなかった。」「全ての自治体で各自治体のニーズを満たす財源保障としての地方交付税が機能していない。地方交付税は人口と面積に着目した配分がされているが、人が減っても必要とされるニーズがあり、交付税算定方法を再検討する必要がある。」と語りました。

 岡田教授は、「担税力があるところに課税せず、無いところに増税しておりこれを改める必要がある。また、地域で担税力を上げるために地域内でエネルギーとモノの循環を造って付加価値を付け、経済を循環させ回転数を上げることが必要。また、最低賃金の全国一律化も必要である。」と訴えました。

 次に、上川西粟倉村参事は岡山県山間部にある西粟倉村の取組について話されました。平成の大合併で自立を選択した西粟倉村は、村の資源である50年前に植えられたスギ・ヒノキの人工林が価格低下で動いていなかったのを生かそうと、50年先を見据えた「100年の森構想」を掲げ、山林の所有者に代わって村の費用で山林を管理・活用を図り、(株)百森を造って木材を加工し製品化することで付加価値を付けて販売し、使えない木材は木質バイオマスでエネルギー化し、地域内の公共施設に供給している。水力発電を起こして地域外に販売し、獲得した外貨を福祉施設に充てるなどして、110人の雇用を創出し、移住者も増えて自らローカルベンチャーの事業を起こすなど住宅が足りなくなるほどの活況となっている。ただし村には家長中心の気風が残っているので、テーマ毎に若者や女性を呼んで村民の意見を聴く取組を行い、ポイント制(村内の買い物等に使える)で参加したくなるように図っているとの報告がなされました。

 また、山﨑宝塚市長も市北部の農村地域で休耕地を活用し農業に影響を与えない太陽光発電事業(ソーラシェア)により農家に付加収入を獲得させて農業を維持し山間地域の保全を図っていることや、室長クラスの職員を地域毎に担当を決めて派遣し、それぞれの地域のニーズを聴いて行政に反映させる仕組み作りの話がありました。

最後に、基調報告をされた中山教授が、新自由主義的施策を転換しなければならないこと、政府においても模範としてその取組が取り上げられた自治体は平成の大合併において自立を選択した自治体が多いことから分かるように、自治体の実践を支えるのは自治能力の高い住民であり、町づくりの実践を通じて自治能力の高い住民を育て、その住民がさらなる町づくりを支え実践していくとの総括コメントをされました。

翌日の人権大会では、前日の分科会を踏まえて「地方自治の充実により地域を再生し、誰もが安心して暮らせる社会の実現を求める決議」を採択しました。日弁連のHPに出ていますので、ご覧下さい。上記分科会の基調報告書も日弁連のHPにアップされています。大部ですので、ダウンロードする際にはご留意下さい。                                   

Youtubeで視聴              城 孝至(奈良自治研事務局長)

日弁連第63回人権擁護大会第3分科会をyoutubeで視聴しました。先の清家さんの報告とダブりますが、第1部「特別報告」で5人の方は次のように話されました。

① 東大阪生協病院院長

コロナ禍の医療の最前線にいたが、大阪第4波、東京第5波で医療崩壊した。大阪府ではいのちの選別、自己責任が求められた。そのなかで、東大阪生協病院では入院できない患者に往診で対応した。新自由主義では国民の命は守れない。

② 広島県竹原市の元婦人相談員

婦人相談員は、売買春に関わる相談だけでなく、配偶者からの暴力被害、人身取引、ストーカー被害等にも相談・対応する専門性、経験を必要とする仕事だ。しかし、重責ある仕事なのに、雇用形態は会計年度任用職員、非正規公務員だ。いい仕事をするには、安定した雇用が必要だ。

旧静岡県磐田郡水窪町・現浜松市、NPO法人まちづくりネットワークWILL理事長

旧静岡県磐田郡水窪町は2005年に浜松市に合併した。役場は自治センターになり、現在はさらに縮小して協働センターとなった。役場職員は転居した。企業の支店、出張所も撤退し、家族ごと転出した。人口は激減した。デマンドバスは週2回のみ、スーパーに行くにも600円のバス代がかかる。なぜ合併したのか。当時選択の余地がなかったのか。町長を返せ!

「まちづくりネットワークWILL」は、山あいの小さな町「水窪町」で、できることを持ち寄って楽しく暮らそう!と活動されています。政令市・浜松への編入合併において、十分に地域事情に配慮されなくなった社会福祉支援を補うため、特に高齢者、子ども達への社会福祉活動を実施しています。

④ 島根県隠岐郡海士町役場人づくり特命担当課長

町は人口減少、超少子高齢化が進んでおり、課題の先進地だ。「ないものはない」の立場でやってきている。これは、「ありません」+「すべてあります」の両方の意味を持っている。経営指針は、自立・挑戦・交流、熱意・誠意・創意だ。
 海士町は特産品に付加価値を加えてブランド化する等、様々な産業振興の取り組みを行っており、雇用創出や定住者の増加などの効果を挙げています。

⑤ 新潟県村上市 むらかみ町屋再生プロジェクト会長

  村上市は新潟県一番の古い城下町で、城下町の四大要素とされる「城跡」「武家屋敷」「町屋」「寺町」がしっかり残っている。その城下町に、22年前道路拡幅による中央商店街の近代化計画が浮上した。「町屋の価値を掘り起こしてみんなで共有し、町屋の魅力を生かせば、まちににぎわいを創出できる」と信じ、大きな道路計画に対して、歴史を残したまちづくりをしようと、行政とぶつかりながら市民が活動してきた。

 マップをつくり「町家の生活空間の公開」をしたら、パラパラと観光客が来た。「町屋の雛人形めぐり」「町家の屏風まつり」をしたら、全国から観光客が来た。市民から「木の板1枚千円」の寄付を募り、ブロック塀に黒板を貼る「黒塀プロジェクト」をした。趣のある通りになり、1年を通して観光客が来てくれるようになった。次に、町人町らしい景観の形成を目指し、外観、玄関を変える「町家再生プロジェクト」を全国から寄付金を集めて行っている。空き家も再生した。行政も変化し、5年前道路拡幅を断念した。

 医療、福祉、産業、まちおこし等にそれぞれの地域で懸命に頑張っておられる5人の方のお話を聞いて、行政のあり方が鋭く問われていると思いました。

  旧静岡県磐田郡水窪町の方の悲痛な叫びは、行政サービスを減らされて、「自助共助」を押し付けられている方の怒りの声ですが、その中でも楽しく社会福祉活動をされている姿に打たれました。

  奈良県下でも市町村合併により人口が激減している地域があります。例えば五條市大塔地区(旧大塔村)では村役場がなくなり、保育所、小中学校もなくなり、人口は2005年9月の合併時の約1/3となりました。隣の野迫川村と比較しても著しく人口が減少しています。野迫川村には、保育所、小学校、中学校があります。中山先生の言う「住み慣れた地域で安心して子育てができ、年を取っても安心して住み続けられるようにすることが必要であり、そのために日常生活圏内に生活を支える公共施設とサービスを整備しなければならない。」は重要だと思いました。

 むらかみ町屋再生プロジェクト会長のお話は、まちづくりとはどういうものか考えるうえで大きく勉強になりました。よく「町中に大きな道路を通せば町が活性化する。」と言われますが、大きな道路の開通後は他所資本のビルが立ち並び、まちの個性がなくなって、どこにでもある風景になってしまった事例が多くあります。誰にとっての活性化なのかよく考える必要があると思いました。 

日弁連は11月20日「コロナ禍における保育・学童保育と家庭支援」、11月24日「コロナと緊急事態条項~コロナの現場から」シンポジウムを開催します。無料でオンライン参加できますので、視聴されるといいと思います。日弁連のホームページをぜひご覧ください。    

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