地方自治体の「デジタル化」をめぐる問題について~総務省「自治体DX推進計画」から見る

投稿者: | 2021年3月16日

久保 貴裕 (自治労連専門委員・地方自治問題研究機構主任研究員)

1. 菅政権が進める「自治体デジタル化」の内容

(1) デジタル庁の設置-デジタル化の司令塔として強力な権限をもつ
1)体制・・・・・トップは首相、初めての内閣直属常設組織。
  特別職のデジタル監、デジタル審議監などを置く。

2)基本的な考え方・・・「強力な総合調整機能(勧告権等)を有する組織」「基本方針策定などの企画立案、国等の情報システムの統括・監理、重要なシステムは自ら整備」

3)業務内容・・・・・国の情報システムの基本方針を策定、予算の一括計上により統括・監理、 地方のデジタル基盤の共通化・標準化、マイナンバー制度全般の企画立案 など

4)人材・・・・官民問わず適材適所の人材配置 (職員500人中、100人は民間からの任用)

(2)総務省はDX(デジタルトランスインフォメーション)計画を実施(2021年~26年)

1)意義・・・「住民の利便性の向上」「業務効率化」に加え、「多様な主体との連携により民間のデジタル・ビジネスなど新たな価値創造等が創出されることが期待される」と民間企業の利益奉仕に言及。
2)目的・・・・自治体の情報システムの標準化・共通化を実行するために、「国が主導的な役割を果たしつつ、自治体全体として、足並みをそろえて取り組んでいく必要がある」
3)自治体における推進体制の構築
①組織体制の整備・・・首長、CIО(最高情報責任者・情報や情報技術に関する上位の役員)、CIО補佐官等を含めた全庁的なマネジメント体制の構築
②デジタル人材の確保・育成
・・・・・外部(民間企業)人材のCIОへの登用、職員の育成を推進
新たに、市町村が外部人材を雇用する場合の経費について特別交付税措置(措置率0.5)

4)重点取り組み事項
①自治体の情報システムの標準化・共通化(自治体の基幹業務となる17業務をまず対象に)
【住民登録】住民基本台帳、選挙人名簿管理、
【地方税】 固定資産税、個人住民税、法人住民税、軽自動車税、
【社会保障】国民健康保険、国民年金、障害者福祉、後期高齢者医療、介護保 険、児童手当、 生活保護、健康管理、就学、児童扶養手当、子ども・子育て支援

②マイナンバーカードの普及促進、

③自治体の行政手続きのオンライン化(窓口業務など)

④自治体のAI・RPAの利用促進、 ⑤テレワークの推進、 ⑥セキュリティ対策の徹底

2国が進める「自治体のデジタル化」の問題点

(1) 国とデジタル関連民間企業による自治体支配のおそれ

1) 「自治体版デジタル庁」の設置 ~自治体をデジタル庁の出先機関に
・各自治体に「デジタル推進室(局)」など国の「デジタル化」方針を推進する部署が新設される。
・「自治体版デジタル庁」として首長の主導のもと、デジタル化を推進する司令塔として機能

2) 民間企業幹部の任用と、自治体の政策・意思決定を行う中枢ポストへの就任
・デジタル関連民間企業の幹部・社員が任用され、デジタルに関わる自治体の意思決定に直接関与する。
・CIО、CIО補佐官、デジタル技術職員を民間企業から、特別職非常勤、任期付職員などで任用する。幹部クラスであればデジタル化推進最高責任者、副市長などの重要ポストに就かせることも。
・自治体と請負・利害関係のある民間企業からも任用できる。
・首長が認めさえすれば兼業もできる。民間企業に在籍したまま自治体業務も兼務できる。
・テレワークを自分が所属する企業内で行うことも可能。
→ 総務省は「一般職任期付職員で任用する場合、地方公務員に適用される義務(服務の宣誓、職務専念義務、守秘義務など)は当然に適用される」としているが、実効性に乏しい。

(2)標準化が押し付けられれば、自治体独自の住民サービスが維持できなくなるおそれ

1)カスタマイズ(独自の仕様変更)ができなければ、自治体独自の行政サービスが困難になる

①子どもの国保税の免除などが行えなかった富山県上市町の事例から
・上市町は国保や医療費の事務のシステムについて周辺7市町と共同でクラウドを導入している。
・2018年6月の町議会で町会議員が「3人目の子どもの国保税の免除、65歳以上の重度障害者の医療費窓口負担の免除」を町独自の施策として、システムにカスタマイズをして行うよう提案した。
・この提案に対して町長は「町単独でカスタマイズすることは、経費の軽減に向けて(クラウドを)導入した決定意思に反する(コストがかかる)」「町単独でやった場合、県下の全ての医療機関にこの制度を上市町が単独でやりました、と通知しなければならない。支払い方法も上市町だけが別の方法になってしまう問題がある(大変な手間がかかる)」として、提案を拒否した。

②カスタマイズについての国の考え
・富山県上市町の事例を受けた、総務省国会答弁(2018年4月26日 衆議院内閣委員会)
「カスタマイズは行わないことを原則とすべき。ただし住民サービスの維持向上等の観点からカスタマイズ以外の代替措置で対応することが困難であるなどの事由がある場合には、やむを得ない」
・第32次地方制度調査会(首相の諮問機関)答申より(2020年6月23日)
「(カスタマイズは)地方公共団体が合理的な理由がある範囲で、説明責任を果たした上で標準によらないことも可能とする」
・ところが・・・・2月4日の自治労連の総務省ヒアリングでは
「カスタマイズは想定していない」
「国が定めた標準に自治体が従うことは、努力義務ではなく、義務としたい」

③標準化によるシステム導入にかかる財政負担について
・国の標準システムに合わせるために自治体では(ⅰ)新たなシステムの導入経費、(ⅱ)既存のシステムの解約・違約金支払いに係る経費、(ⅲ)カスタマイズするために係る経費、の負担が生じる。
・国は「標準化」に基づく新たなシステム導入に一定の補助をするとしているが、既存のシステムの解約に伴う経費への補助はどこまで行うかは不明。自治体独自のカスタマイズに係る費用は全額自治体の自己負担となるおそれ。(今後、詳細が分かり次第、さらに追及していく必要がある)
・全国町村会などからは「大都市自治体と小規模自治体で同じシステムを使えば、小規模自治体ではかえって非効率で無駄な投資をすることにもなりかねない」という危惧の声も出ている。

2)国の標準化、カスタマイズは、憲法に基づく地方自治の本旨、地方自治法に基づいて取り扱われるべき。
・地方自治体では、住民のくらし・福祉に関わる事務について、それぞれの地域の特性や住民のニーズに対応して、制度や手続きにおいて独自に様々な創意工夫をして実施している。
(例)子どもの医療費無料化、税・国保・介護保険料の独自減免、学校給食費の無料化など
・国には、地方自治体が行う自治事務について「特に配慮」することが法律で義務付けられている。

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(地方自治法第2条13項) →地方分権推進委員会第一次勧告に基づく1999年改正で設けられた。
「法律又はこれに基づく政令により地方公共団体が処理することとされている事務が自治事務である場合においては、国は、地方公共団体が地域の特性に応じて当該事務を処理することができるよう特に配慮しなければならない」
地方自治法第2条13項についての解説書より~
・「特に配慮しなければならない」としたのは、地方自治の本旨に基づき、かつ、国と地方公共団体との適切な役割分担をふまえて法令が制定され、解釈・運用されることを前提とするならば、「自治事務」に限らずおよそ地方公共団体の事務にはこのような配慮が行われてしかるべきであるということを踏まえて、「自治事務」は「法定受託事務」と比較して「特に」配慮されるべきことを示したものである。(松本英明著・新版逐条地方自治法 第2次改訂版 学陽書房)
・国は自治事務についても法令の規定を通じて地方公共団体を規制することができ、こうした立法的関与によって地方公共団体の自治事務に関する自主的処理が阻害されるおそれがある。そこで本項は、地方公共団体が自主性・自立性を発揮してその自治事務を処理することができるように、自治事務に関し、法令に定める場合においても、地方公共団体の裁量や選択の余地を確保するように特に配慮すべきことを求めている。(新基本法コンメンタール地方自治法 日本評論社 渡名喜庸安氏執筆)

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(3)窓口業務が無人化・廃止され、住民の人権を守る機能が失われるおそれ

1)オンライン申請で自治体職員の半減化、窓口の無人化・廃止へ
① 総務省「自治体戦略2040構想研究会」第二次報告より(2018年)
「破壊的技術(AI・ロボティクス)を使いこなすスマート自治体へ」
「従来の半分の職員でも、自治体が本来担うべき機能を発揮できる仕組みが必要」

② 総務省のデジタル推進担当者は、「窓口の無人化」「窓口の廃止」に向かうことを主張
・「人(職員)が介在しなくても完結するサービスをめざす」(植田昌也総務省自治行政局行政経営支援室長兼2040戦略室長)月刊『地方自治』2019年第864号)
・「AIやマイナンバーカード等を活用した無人窓口も実現可能ではないか」 (阿部知明 総務省大臣官房審議官月刊『地方自治』2020年872号)
・「民間ではすでに窓口の廃止が進んでいる。自治体においても、窓口を便利にするのではなく、窓口をいかになくすか(来なくてもよいように)を考えるべき」(村上文洋 三菱総合研究所デジタルイノベーション本部主席研究員・内閣官房オープンデータ伝道師、総務省地域情報化アドバイザー 月刊『ガバナンス』2019年№219)

③総務省のヒアリングでも、「住民にオンラインの使用を義務づけることは考えていない」「高齢者などオンラインに対応できない住民のために従来の窓口は残す」としているが、住民のオンライン使用が広がるにつれて窓口業務は縮小され、将来は住民相談を除いて、無人化、廃止があるとしている。

2)窓口が無人化・廃止されれば、住民はどうなるか? ~窓口業務の自動販売機化
⇒ 役所への申請や届出は、自前のスマホかパソコンからオンラインで行う。
⇒ 申請や届出は、自治体職員を介在させず、デジタルやAIで自動的に処理される。
⇒ 本人確認は、マイナンバーカード、顔認証により自動的に判別される。
⇒ 役所に問い合わせたいことがあれば、役所のホームページにアクセスして問い合わせ、自動応答機能を持ったAIに回答してもらう。電話で職員に応対を求めても断られ、AIの利用を勧められる。
⇒ どうしても職員と相談をしたい場合は、住民相談専用の窓口に別途オンラインで申し込む。
⇒ 申請や届出を受け付ける窓口がなくなる。支所や出張所は、廃止される。

3) そもそも窓口業務の役割とは~憲法に基づき、住民を最善の行政サービスにつなぐ人権保障機能

①納税の窓口では・・・
税金を滞納している住民の生活の状態を聞き取り、減免の要件に該当すると認められる場合には、分割納入や減免申請ができることを説明したり、生活保護の窓口を紹介して担当部署につなぐ。税金のほかに滞納している公共料金がないかを訊ね、国民健康保険料も滞納していることがわかれば、保険証が取り上げられて病院に行けなくなることがないように、国保料をまず支払うように助言して、国保の担当部署につなぐ。

②妊娠届を受け付ける窓口では・・・
妊産婦や乳幼児の状況を把握する重要な場所になっている。厚生労働省が、子育て世代包括支援センターを設置している市区町村を対象に調査を実施したところ、87.8%の市区町村が「妊娠の届出・母子手帳の交付時の面談」を、「妊産婦・乳幼児等の継続的な状況の把握のために十分に活用している」と答えている。妊娠届出書に独自のアンケート設問を設け、職員が面談でコミュニケーションをとり、相手との信頼関係をつくりながら、当人の状況を把握している。経済的な困難を抱えたり、夫からDVの被害を受けているおそれがあるなど、職員が問題を早期に発見し、当人に必要とされる支援策を紹介して、利用を働きかけている。

③滋賀県野洲市・・・窓口を通じて支援が必要な市民を発見し、行政の側から支援を働きかける

野洲市は、住民の生活困窮を予防するために「くらし支え合い条例」(2016年10月1日施行)を制定。税金、国民健康保険料、介護保険料、市営住宅家賃、上下水道料金、学校給食費など公共料金を取り扱うすべての窓口で、住民の生活状態を職員が共有化して支援する体制を取る。
 行政の側から生活困窮者を早期に発見して支援につなぐ方式を導入することにより、事態が深刻化してから寄せられる多重債務の相談件数が年々減少している。厚労省も生活困窮者対策のモデル自治体として紹介している。
野洲市の担当職員は「生活困窮者には、自ら解決策を見出すことが難しくなっているばかりか、自らSОSを発することも難しくなっている方々も多い」とし、窓口業務には、対象者を発見して積極的に手を差し伸べる「アウトリーチ」の役割を果たすことが必要だとのべている。
→ 窓口業務を担当する職員の削減したり、窓口を無人化・廃止すれば、住民の基本的人権を守自治体の機能そのものが失われるおそれがある。

(4)国の「デジタル化」で、住民の個人情報保護が脅かされる

※自由法曹団声明(2021年1月21日)
→ 住民の個人情報が本人の同意もなしに権力や民間企業に流用すれば、本人の趣味嗜好、思想信条、宗派、健康状態、性癖、性格、行動パターン、能力、信用力などがプロファイリングされ、評価、分類、選別、等級化され、行政や民間の各種サービスにおいて恣意的に誘導や制限、排除、優遇される。

(5)スーパーシティ構想-住民の個人情報を権力と民間企業が全面活用できる

・ビッグデータやAI(人工知能)などの最先端のデジタル技術を活用して、オンライン診療、オンライン教育、自動運転、顔認証による利用サービスを一括して住民に提供する都市をつくる。国は全国100か所の地域、自治体での設置をめざすとしている。
・「スーパーシティ」に指定された地域では、住民個人の商品購入履歴や医療、金融、行政情報など、生活全般にまたがる膨大な個人情報のデータを、国や自治体からの委託を受けて事業主体となる民間企業が収集し、営利目的に活用できる。
・事業主体となる企業は、自治体が保有する住民個人情報のデータの提供を求めることができ、自治体は「公益性」があると判断すれば、本人の同意なしに情報を提供する。

3.国の「自治体デジタル化」に、住民・自治体労働組合はどう臨むか

(1)デジタル技術は、「住民福祉の増進」と自治体職員の労働条件の改善に活用させる。 デジタル技術を悪用した住民サービスの低下、自治体職員の削減、民間企業への便宜提供は許さない。

(2)国に対して、国の「デジタル化方針」を一律に地方に押し付けるのではなく、地方自治の本旨をふまえ、地方自治体がそれぞれの実情に応じた対応ができるように支援をさせる。国の標準に寄らないカスタマイズを行う権利を認めさせ、自治体独自の住民サービスを確保する。

(3)住民の個人情報・プライバシーの権利を守る。マイナンバー制度、マイナンバーカードによる個人情報の集約化、プロファイリングは許さない。

(4)自治体におけるデジタル技術の導入の是非は、住民に情報を公開し、住民の熟議と合意で決めるようにする。

(5)自治体労働組合として、デジタル技術の導入について管理運営事項とさせるのでなく、労働条件に関わる重要事項として、労使交渉・労使協議の対象事項とさせる。

(6)デジタル技術は、自治体職員を削減して、これに置き換えるための「代替手段」ではなく、自治体職員が「全体の奉仕者」としての仕事をよりよくできるようにするための「補助手段」として活用させる。

(7)デジタル技術を導入しても、自治体職員がシステムを自らチェックでき、住民に行政責任を果たせる体制を確保する。大規模停電や災害、システム障害が発生しても、自治体職員が直ちに対応できる体制を確保する。情報漏洩やサイバー攻撃を許さない体制をつくる。

以上

(所報に転載するにあたって、少し修正させていただきました。 城)

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