清家 康男
昨年12月3日夜に行われた韓国の尹錫悦大統領による「自由憲政を守るため」とする非常戒厳の宣布とその後の事態の展開は我々の耳目を驚かせました。非常戒厳自体は韓国憲法の規定に基づき韓国国会(定数300人)による解除要求決議の可決(採決に参加した190人全員が賛成)により宣布6時間後に解除されましたが、大統領は軍を投入して国会に突撃させ、議員が集まることを妨害し、解除要求決議をさせないよう目論でおり、非常戒厳解除は間一髪であったことが分かります。
戒厳司令部の布告は
1 国会と地方議会、政党の活動と政治的結社、集会、デモなど一切の政治活動を禁止する。
2 自由民主主義体制を否定したり、転覆を企図する一切の行為を禁止し、フェイクニュース、世論操作、虚偽の言動を禁止する。
3 すべての報道と出版は戒厳司令部の統制を受ける。
4 社会混乱を助長するストライキ、怠業、集会行為を禁止する。
5 専攻医をはじめ、ストライキ中または医療現場を離脱した全ての医療人は48時間以内に本業に復帰して忠実に勤務し、違反時は戒厳法によって処断する、6 反国家勢力など体制転覆勢力を除いた一般国民は、日常生活の不便を最小限にできるように措置する。
以上の布告令違反者に対しては、大韓民国戒厳法9条(戒厳司令官特別措置)により、令状なしに、逮捕、拘留、押収捜査を行うことができ、戒厳法第14条(罰則)により処罰する。という内容(読売新聞オンラインより)で、市民の人権や自由をも広汎に奪うものであり、もちろん地方自治は消し飛んでしまいます。
このような内容の非常戒厳を大統領が出すことができたのは韓国憲法77条1項が「戦時などの国家非常事態や公共の安寧秩序を維持する必要があるときに」大統領が戒厳を出せると定め、憲法上許容されているからです。
韓国の非常戒厳のようないわゆる「緊急事態条項」は日本国憲法にはありませんが、みなさんもご承知のように、改憲論議の中ではその導入が議論されており、自民党の改憲草案にも第9章「緊急事態」の定めがあります。同草案の98条1項は「内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。」としていますが、「内乱等による社会秩序の混乱」とあって緊急事態宣言発動の要件である「社会秩序の混乱」の原因が条文上で特定されておらず、その時の権力者の恣意で「社会秩序の混乱がある」とされかねないほか、「その他の法律で定める緊急事態において」などとしているので緊急事態宣言の要件が同草案では事実上限定されていません。
韓国では政権運営の苦境を打開するために大統領が非常戒厳を濫用したようですが、緊急事態条項が時の権力者により濫用されやすいというのは緊急事態条項に付きものの懸念であり、韓国の事態はその懸念が現実化してしまった典型です。
自民党草案どおりの改憲がなされてしまえば、日本でも同じような状況で緊急事態宣言が出され、市民の人権・自由が広汎に制限される危険性は十分にあります。緊急事態条項について国会の憲法調査会で議論がなされていますが、その動向を厳しく注視する必要があります。